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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)10号 判決 1960年2月09日

原告 ライニツシエ、グミ、ウント、ツエルロイド、フアブリーク

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本判決に対する上告附加期間を五ケ月とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十二年抗告審判第一九四号事件について昭和三十三年十月二十日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、次のとおり主張した。

一、原告は、訴外オツトマール・グルトよりその考案にかかる「人形の形状及び模様の結合」に関し、日本国において意匠登録を受くるの権利を譲り受け、昭和三十年八月十六日に、第十七類「人形玩具」を意匠を現わすべき物品として、意匠登録出願をし、該出願は同年意匠登録願第八、六二五号として審査の結果、昭和三十一年八月三十一日附をもつて、拒絶査定を受けたので、昭和三十二年二月五日に抗告審判を請求し、同年抗告審判第一九四号として受理されたが、昭和三十三年十月二十日附をもつて右抗告審判請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書謄本は同年十一月六日原告代理人に送達され、訴提起期間は職権により昭和三十四年四月六日まで延長された。

二、右審決は、次に主張するごとく意匠類否の判断を誤り、意匠法第三条第一項第二号及び同法第一条の解釈適用を誤つてされた点において違法のものであり、取消を免れない。

すなわち、右審決の理由として説示するところは、本願意匠を審査官が前記拒絶査定の前提たる昭和三十一年二月二十九日附拒絶理由通知において引用した米国雑誌“The Christmas Book 1949, Mont-gomery Ward, Oakland, p.113[H]に記載の人形の図面と比較して、(イ)「両者は共に全身が裸体で、頭髪にウエーブがある点で一致する」から、(ロ)「両者間に頭髪の大小及び面貌の態様に多少の差異が認められるが、」その頭髪に関する差異も(ハ)「引用のものが本願のものよりも幾分大きく、ウエーブに若干の相違があるに過ぎないものであり、」その面貌に関する差異も、(ニ)「本願人形玩具の面貌は普通一般のもの(例えば昭和二七年五月一六日特許庁意匠課受入の東京都葛飾区本田渋江町四〇六合名会社小林大八発行の輸出セルロイド製品型録中AK5その他の図面)と殆んど変りがなく特徴が認められないもので、引用のもと大同小異であり、」結局(ホ)「両者は全体として看者に著しく別異の印象を与えるものと認められないから、類似の意匠であることを免れないものと認める。」というにある。

しかし、右審決理由中(イ)の点は、着せ替え人形である限り、機能ないし実用性の見地から必然的に一致して具備せざるを得ない通有性であつて、当業者はかかる制約の範囲内において、その形状、模様、色彩もしくはそれらの結合をいかようにすれば最も審美的効果を発揮して顧客の趣味嗜好に則応し得るかに苦心し、かくして案出された意匠につき、競業者の不正競争を阻止するために、意匠登録出願をするのである。審決が、かような意匠登録出願の審査にあたり、すなわち審美的類否の判断にあたつて、着せ替え人形として機能的に必然的な要素である全身裸体の点等を両者の一致点として挙示したことには、意匠類否判断に関する根本的な誤謬が含まれており、失当も甚しい。

そもそも、意匠の類否を判断するにあたつては、単なる形状、模様等の類否のみに着目すべきではなく、ある物品の形状、模様等によつて看者に与えられる審美的効果の類否が問題となるのであつて、したがつて、重視すべき部分、軽視ないし無視すべき部分のあることは当然であり、漫然観察して形状、模様等の微差に過ぎないとしても、意匠として重視すべき部分においての形状、模様等における差異がその全体的な審美的効果を著しく異らしめるのである。そのことは、例えばタンブラー、ナイフ、フオーク等に関する意匠を想定して見れば容易に理解し得るところである。かような意味において審決理由は失当であつて、意匠類否判断について根本的な誤謬を犯しているのであり、本願意匠と引例のアメリカ人形との意匠としての非類似性は以下に述べるとおり著しいのである。

第一に頭髪の点であるが、本願意匠のものは描かれたものであり、毛量感も少なく、その両側における長さもわずかに耳朶がかくれる程度に止まつているに対し、引例のそれは明らかに人間の頭髪に似せた材質のもので構成されており、毛量感も著しく豊かであり、かつその両側は肩部に触れるまで垂れ下つており、その他全体としての髪型に著しい差異が認められる。とうてい審決理由(ロ)(ハ)の部分で述べているように、「引用のものが本願のものより幾分大きく、」「多少の差異が認められる」に過ぎないものではないのである。更に面貌の点においても、本願のものが明らかに幼児のものであるのに対し、引例は明らかに少女のものである。この点は他の諸部分についても同じく云い得るところであつて、かかる差異は本願意匠を引例意匠と非類似ならしめるに十分であると云わねばならない。

更に、(ニ)において審決は本願人形意匠の面貌が合名会社小林大八発行のカタログ中の人形(ことにAK5)とほとんど変りがなく「特徴が認められないもので、引用のものと大同小異」であるとしているが、この点ははなはだ不可解である。そもそも審決が右カタログを引用した趣旨は、本願意匠の面貌が何ら特異性のないものであることをこれによつて裏付けようとしたに過ぎないものと解せざるを得ない。けだし、かようなものを審決書において突然引用して、拒絶理由通知なく、本願意匠がこれと類似するとして直ちに拒絶の審決をなすことは許されないからである。而してもし審決が右カタログを引用した趣旨が右の通りであると仮定するならば、これは本願意匠とさきに引用した米国雑誌の意匠との類似判断には何の関係もないことである。

三、被告は、たまたま本願意匠登録願が着せ替え人形についてではなく、人形玩具をその指定物品としているが故に、引用の人形との意匠上の類否判断にあたつて全身裸体の点において共通する事実を重視することは失当でない、と主張するもののごとくであるが、これを例えば、サンダルについての意匠登録出願において、たまたま指定物品を履物とした場合に他のサンダルについての意匠との類否を判断するにあたつて、両者共蹠部ののるべき木製台部分とバンド部分とから成ることをもつて両者を類似の意匠となし、仮に該意匠が指定物品サンダルとして登録出願された場合には、台部分、バンドにおける形状、模様等に重点を置いて意匠の類否判断をなすというがごときと同様、妥当を欠いた主張である。人形玩具にも、いわゆる着せ替え人形もあれば着衣のものもあり、内裏びなも、更には発条作用により手足の動く人形も玩具人形であつて、これらの諸種の人形も種々の観点より更に細分呼称され得るのである。指定物品の表示にあたつて、かように大分類、中分類、小分類、更にその下位の細分類中いずれをとつて表示すべきか、判然とした規程は存しないのであり、たまたま本件意匠登録願が「人形玩具」を指定物品としたが故に本願前公知の人形と裸形の点が共通であるから類似なりとすることの当を得ないものであることは、敢て詳論する必要もないことと確信する。

次に、被告の主張によれば、結局本願意匠は(或いはその頭髪部、顔面部は)特異性のない類型的なものであるから、意匠上の創作がなく(すなわち考案力がなく)、全身裸体の点において共通する引例の人形と原告主張通りの差異があつても、なお類似である、と主張するもののごとくである。しかし、特許、実用新案、意匠の三法を通じて、その不特許、不登録事由としての発明力ないし考案力の欠除と公知公用(新規性喪失)とは厳に区別せられねばならない。本件審決は、出願前公知のアメリカ人形との類似を理由として、本願意匠は意匠法第三条第一項第二号に該当し、同法第一条に規定する登録要件を備えないものとしているのであるが、右にいわゆる第一条の登録要件とは、考案力なし、すなわち、そもそも意匠法第一条に規定する意匠の程度に至つていないというのではなくして、新規な意匠でないというにあることは明らかである。審決は、原査定において審査官が意匠法第三条第一項第二号に該当するとして本件意匠登録願を拒絶したことを支持し、同じく右条項該当を理由としながら、原告が面貌の点における引例との非類似点を強調するや、小林カタログを引用して考案力なき類型的なものであるとし、これを引例アメリカ人形意匠との類似判断の一前提としたことは、非理のそしりを免れないものである。

本願意匠と引例アメリカ人形との間にすでに述べた通りの差異がある以上、本願意匠が該引例と類似し、したがつて意匠法第三条第一項第二号に該当するとの理由により、本件意匠登録願拒絶査定を維持した本件審決は取消を免れない。

なお、意匠の類似範囲はきわめて狭く認定運用せられており、きわめて近似する意匠が非類似の意匠として登録されているが、これは意匠の特質上むしろ当然である。また、意匠における考案力が発明に比してはもちろん、実用新案よりも更に低度のものであるべきは、その本質上当然であり、そのように解釈運用され来つていることが明らかである。

第二答弁

被告指定代理人は、主文第一、二項通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の本件意匠登録出願に関する特許庁における手続の点及び原告が本件審決の内容であるとして分析説明しているところについてはすべてこれを認めるが、特許庁のした審決が意匠の類否判断を誤り、意匠法第三条第一項第二号及び同法第一条の解釈運用を誤つた点において違法である、とする原告の主張はこれを争う。

二、原告は、本件意匠登録出願の審査にあたつて、着せ替え人形として機能的に必然的な要素である全身裸体の点等を両者の一致点として挙示することは失当も甚しい、と主張するが、本願は第十七類人形玩具を指定物品とし、玩具の形状及び模様の結合について登録を請求したものであつてみれば、本願人形玩具がたとえ着せ替え人形として使用されることがあるにせよ、人形玩具としてその形状の一致点を挙示することは、当然である。

原告は、次に、人形の頭髪及び面貌における差異は、本件両意匠を非類似ならしめるに十分である、と主張しているが、本願添附図面中正面図及び背面図を見ると、頭髪は耳の下まで蔽い、下方においてやや拡がつているものであり、引用意匠がこれよりも長く垂れていることは認められるが、多種多様の人形玩具の意匠から見ると、両者は類型的のもので、人形全体から見て類似の範囲を出ないものと認められる。また、両者はその面貌においても、意匠考案として特に取り立てていうほどの特徴がなく、類型的のもので類似の範囲を出ないものであることは、両者の図面に徴して明らかである。審決が合名会社小林大八発行のカタログを引用したのは、原告がさきに抗告審判請求の理由として本件人形玩具の面貌の点を強調していたので、その面貌が何ら特異性のない普通の人形玩具の面貌の類型の範囲を出ないものであることを明示したものにほかならない。

本件引用のアメリカ人形の図面は正面からのみ見た写真であるが、人形玩具のように人にかたどつたものである場合、その正面の写真(図面)が示されていれば、その全体の外観が把握できることは、業界の常識となつており、本件のような場合容易に実施できる程度において記載されたものと云うべきである。また、人形の頭髪部と顔面部とが特に注意をひく部分であることは認められるとしても、本件の場合その部分に何ら意匠上の創作がなく、頭髪部、顔面部とも多種多様の人形玩具から見て、一連の類型的のものであつて、別異の意匠を現わしたものとは認めがたい。

以上の理由によつて、原告の主張は理由がなく、本件抗告審判の審決には何らの違法の点がないことが明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一、原告が、訴外オツトマール、グルトよりその考案にかかる、「人形の形状及び模様の結合」に関し日本国において意匠登録を受くるの権利を譲り受け、昭和三十年八月十六日に第十七類「人形玩具」を意匠を現わすべき物品として意匠登録出願をしたところ(同年意匠登録願第八、六二五号)、昭和三十一年八月三十一日附で拒絶査定を受けたので、昭和三十二年二月五日に抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一九四号)、昭和三十三年十月二十日附をもつて右抗告審判請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書謄本は同年十一月六日原告代理人に送達され、職権により訴提起期間を昭和三十四年四月六日まで延長されたこと、及び右審決の要旨は本願意匠を、米国雑誌“The Christmas Book 1949, Montgomery Ward, Oakland, p.113[H]に記載の人形の図面と比較して、結局両者は全体として看者に著しく別異の印象を与えるものと認められず、類似の意匠であることを免れない、というにあり、審決がかく結論するに至つた理由について、原告が指摘するがごとき説示をしていることについては、当事者間に争がない。

二、さて、本件意匠登録出願にかかる人形玩具と、引用の米国雑誌掲載の人形の図面とが、共に全身が裸体で頭髪にウエーブがかつている女児の人形である点において一致していることについては、原告も明らかに争つていないものと認むべきである。(また成立に争のない甲第二号証(乙第一号証)―引用の米国雑誌によれば、引例の人形の頭部及び腕部は動かし得ることが註記されているが、本件の人形のそれらの部分も亦同様であろうことは、成立に争のない甲第一号証の本件願書の図面に徴して、推案するに難くない。)原告は、両者がいずれも着せ替え人形である以上、さような点を共通点として挙げることは失当である、と主張するが、本願意匠を施した人形が裸人形であつて、いわゆる着せ替え人形として使用し得るものであることは、明らかであるが、本件意匠登録願には、意匠の名称として「人形の形状及び模様の結合」とあり、登録請求の範囲として「図面に示す通りの玩具の形状及び模様の結合」と、また、意匠を現すべき物品、として「第一七類人形玩具」と記載されてあつて、これを着せ替え人形に限定するの趣旨はどこにも現われていないこと、成立に争のない甲第一号証(本件願書)に徴し明らかであるから、原告はひろく人形玩具一般について本願意匠に関する権利を専有せんとして、本件出願に及んだものというべく、したがつて、該意匠を施した人形が全身裸体であり、かつ頭髪にウエーブがかかつている点等を、他の人形との共通点に挙げることは、むしろ当然であるといわなくてはならない。原告は履物とサンダルとの例を引いてこの点に関する審決の説示を攻撃するが、右の引証は本件裸人形の場合について適切でない。

次に、いずれも成立に争のない甲第一号証(本件意匠登録願)添付の人形の図面と、甲第二号証(乙第一号証)(審決に引用された米国雑誌)掲載の人形Hの図面及びその説明とを比較して見るのに、本件意匠登録出願にかかる人形と引例の人形とは、その頭髪及び容貌の点において、前者の顔髪はわずかに耳朶がかくれる程度に短かく刈り上げられている態様を示しており、(前記甲第一号証の図面によれば、右人形の頭髪部は、おそらくその顔面及び肢体部と同じ材料の上に描かれて成るものであることが、推測できる。)、したがつてその毛量感も少なく感ぜられるのに反し、後者の頭髪はその先端部が肩に触れる程度に垂れ下がり、その材質もモヘアのかつらより成ることが明記されているところであつて、著しく豊かな毛量感を与えるように構成されており、容貌も、前者は明らかに幼児のそれを模しているが、後者はこれよりもややおとなびた印象を与えるものであることの差異が存することが明らかである。原告は、これらの点が人形玩具の意匠として重視すべき部分であつて、これらの点において本願意匠の人形と引例の人形との間に前記のごとき差異が存する以上、両者の全体的な審美的効果を著しく異らせ、したがつて意匠法第三条第一項第二号に規定する類似の域を脱せしめるものである、と主張する。しかし、ここに認定した本願意匠の人形の頭髪部及び顔面部が引例の人形のそれらの部分と異なる点は、成立に争のない甲第五号証(乙第二号証の二)(合名会社小林大八工場の輸出セルロイド人形の型録)中特にAK5の人形の頭髪部及び顔面部を引くまでもなく、きわめてありふれたものであり、特徴がなく、審美的創作の見地よりしてほとんど人の注意をひくに足るものではないと認むべく、引例の人形におけるこれらの部分も亦同様に考えられるので、本願意匠中かような点において引用された意匠と異なるものがあるからといつて、これをもつて引用意匠との類似の域を脱せしめるに足るものとは認められず、したがつて本願意匠につき意匠登録の要件たる新規性を肯認することは、相当でない。

原告は亦意匠の類似範囲はきわめて狭く解釈せらるべく、かつそのように運用されている、と主張して、成立に争のない甲第八号証の一、二、三、第九号証の一、二、第一〇号証の一、二、三、第一一、第一二号証の各一、二、第一三号証の一、二、三、第一四、第一五号証の各一、二の各意匠公報に掲載されてある各既登録の意匠の実例を援用するが、それらはいずれも本件と事実関係を異にするものであるか、或いはたまたま類似の意匠に重ねて登録を許された実例があるとしても、これより一般的法則を演繹して、本件意匠についてもその登録を許すべきものとさせるに足るものではない。

本願意匠と前記甲第二号証(乙第一号証)に示された人形意匠との間に意匠法第三条第一項第二号に規定する類似性を認めた審決の判断は相当であると言わざるを得ない。

三、前記甲第二号証(乙第一号証)の米国雑誌が、本件登録出願前国内に頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところであるというべく、また右雑誌に記載された引例の人形の図形としては、正面図のみが示されているが、人の身体にかたどつた裸人形のごときものにあつては、その特色ある部分はほとんど前面にあり、背部その他の部分は前面より推して直ちに知り得るものであつて、その正面図の示されていることは、それのみで容易に実施することを得べき程度に記載されているというに妨げなく、そして本願意匠の人形がこれに類似することは、前に認定したとおりである。

成立に争のない甲第六号証(ヴイルヘルム、レールの鑑定書)中に示されている、これらの判断と相反する見解は、当裁判所の採用し得ないところである。

四、本件審決は相当であつて、それに意匠の類否判断を誤つた違法があることを理由としてその取消を求める原告の本訴請求はとうてい棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴法第八十九条、上告附加期間の定めにつき民事訴訟法第百五十八条第二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 山下朝一 入山実)

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